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『鼻取り地蔵』….変わった名前のお地蔵様が利府の町にいらっしゃいます。鼻の無いお地蔵さん?ちょっと不気味な気もします。どうしてそんな名前が付いたのでしょう? 早速利府に行ってみました。 |
鼻取り地蔵様の本籍は宮城県玉造郡岩出山。今から300年前のこと、岩出山村に仲の良い年老いたお百姓さんご夫婦が居ましたが、子供の無い二人には春に成って田の代掻きをしようと言う時にも仕事を手伝ってくれる人も無くホトホト困り果てていました。 すると或る夜のこと、「おじいさん。おばあさん。オラんとこば泊めてけさいん。ほしたら明日仕事ば手伝うから」と、見慣れない子供が尋ねて来ました。 「なんだや、どこの子だべえ」と不思議に思いながらも、夜も更けたので翌日は野良仕事を休んで子供の家を探そうと二人は相談して一夜の宿を貸しました。 「おじいさん、おばあさん。さあ、仕事に行きすべ」 朝が来ると、子供は誰よりも早く起き出し元気一杯に馬小屋へと掛けて行きました。そして代掻きの道具を馬に括り付けて巧みに馬を連れ出すとセッセと代掻きを始めるではありませんか。 |
「済まねえなあ」と感謝しながら、おじいさんとおばあさんは仕事を手伝ってもらいました。カンカン照りの中でもいっこうに休もうとせずに、おばあさんからもらった手ぬぐいで汗をふきふき黙々と働く子供に、ありがたくておじいさんもおばあさんも思わず手を合わせるのでした。 子供がたいそう働いてくれたので夕方には無事に代掻きも終わりました。 「ありがたい。ありがたい」と一生懸命手伝ってくれた子供にお礼をしようと思って、フトッ見るといつの間にか子供の姿が消えています。驚いたおじいさんとおばあさんは必死で回りを捜しましたが子供の姿はとうとう見つかりませんでした。 |
次の朝、田んぼのわきの地蔵堂に子供が見つかるようにと願かけに行くと、どうしたことでしょう…お地蔵様の首に子供に渡した『丸に田の字』の手ぬぐいが巻いてあるではありませんか。しかもよく観るとお地蔵様の顔はどことなく手伝ってくれた子供の顔に似ています。「ああ。あの子はこのお地蔵様だったんだ」と二人は気が付きました。それからと言うもの、おじいさんとおばあさんは毎日お供え物を持ってお地蔵様をお参りする様に成りました。 それ以来、農家で仕事の手伝いをする人がいない時に、このお地蔵様にお参りしてお願いすると思いがけない人がお手伝いにやって来ると言うので、『鼻取り地蔵』と呼ばれる様に成ったと言うことです。 寛水年問(江戸時代)岩出山から円城寺に移されたと言うお地蔵様は今は…。 |
仙台から利府線に乗り終着駅利府駅で降ります。利府駅は利府の特産品『梨』のイメージを象ったちょっと可愛い駅。駅から北西に続く道を数分も歩くと旧い町並みが連なる東西に伸びる細い道に行き当たります。その道沿いの一角、どこにでも有る様な普通の民家の庭先が鼻取り地蔵尊へと続く参道です。断りも無く見知らぬ方の門を潜り庭先に踏み入ることにちょっとドキドキしちゃいますが、「コラッ!」なあんて怒られたりはしないので、どうぞ安心あれ。 それでも、思わず「ここは参道」「ここは参道」と、言い訳をつぶやきつゝ見ず知らずの人の庭を通り抜けると、すぐ目の前に広がる畑地の中に小さな祠が南向きにこじんまりと建って居て、その右側に西を向いて鎮座ましまして居る鼻取り地蔵.尊が見えます。祠の20メートル位背後を利府街道が走っています。だけど、地蔵尊に通じる参道は庭先を抜ける道一本です。 鼻取り地蔵尊は丸顔で細身の穏やかな風情で佇んで居ます。年代が経って大分摩耗してるけど可愛い鼻がちゃんと付いた優しい面差しのお地蔵様です。 『鼻』と言う言葉には『牛や馬の鼻に穴を空け綱を通して繋ぐ』と、言う意味が有り、『鼻取り』とは『田畑を耕すときに牛馬の鼻に付けて牛馬を誘導する竿(させ棒・鼻取り竿)を持って牛馬を誘導する役の人』を指取童(させとりわらし)とか鼻取りと昔は呼んだのだそうです。そして後ろで鋤(すき)や馬鍬(まんが)などの耕具を扱う役の人を『後取(しんどり)』と呼んだと言うことです。 |
