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仙台の薬師堂には牛石と呼ばれる霊石があるんです。 |
仙台駅からバスに乗って東に向かっておよそ15分(ラッシュ時なら40分位かなあ)…そこには曾ては広大な土地を有して佛教の地として栄えた国分寺薬師堂があります。此処が僕の生まれ育った場所です。今は面影も無いけれど18年前までは間違いなく境内を入ってすぐのところに我が家がありました。家の前が参道です。もちろん遊び場は薬師堂境内です。幼い頃にはあちらこちらに有った『秘密基地』も時の彼方に消えてしまいました。自由に走り回ったり、縁の下に潜り込んで忍者ごっこに明け暮れた本堂も出入り口に立ち入り禁止のロープが垂れ下がり妙にうら寂れて観えます…目当ての霊石はどうなったんだろうとドキドキしながら、仁王門の方へ、誰もいない黄昏時の境内を歩いて行くと…。 |
寛延3年8月8日と言うから今から253年前の話です。宮城郡七郷村霞目(かすみのめ)の金子(かねこ)彌右エ門(やえもん)に3番目の子供が生まれました。その子は薬師堂に鎮座する薬師如来様の加護を受けた子として、日本一に成る為にこの世に世を受けたのです。赤ちゃんが出来たと分かった時、信心深かった彌右エ門の女房は「生まれてくる子供は日本一の強い男に成って欲しい」と願って、薬師堂のお薬師様に百ヶ日の願かけをすることにしました。 雨の日も風の日も、昼の仕事でどんなに疲れた時でも、水で体を浄めてから提灯の明かりをたよりに暗い道を七郷村から薬師堂までの長い寂しい道を日ごとに大きく成るお腹の赤ちゃんをかばいながら身重の身で毎日毎夜歩くのですから百ヶ日の願掛けなんて伊達や酔狂で出来る話では無いのです。夜が明ける頃に薬師堂にたどり着くとお薬師様の前に額突いて、願いを聞き届けてもらえるようにと心を込めて祈ります。 |
こうして、いよいよ満願の日です。ありがたいことに、長い99日もの間、女房は病に臥せることも無くお参りを続けられました。しかし、もしもこの最後の日にお参りに行かなければ、これまでの99日の苦労が全て水泡に帰してしまいます。人は99の苦労と努力が有って始めて100の実りを手に出来るのです。1階から3階に一足飛びには上がれないのです。1段1段を昇って始めて3階に上がれる様に毎日毎日…99日の祈りが有って始めて大きな願いに手が届くのです。その代わり最後の1歩が無ければ99の苦労は無かったに等しい無駄な苦役に終わるのです。 「今日は何としてもお薬師様の御前に祈りを捧げなければならない」 水で身を浄め、大きく成ったお腹を支え支え、夜明け前の道を薬師堂へと向かいました。その日は霧が不思議と多い夜明けでした。小鳥のさえずりが殊更辺りの静けさを強調しているような深閑とした霧の中に仁王門の威容が浮かび上がりました。霧はますます深くなり、まるで霧が仁王門から湧き出て来る様です。幽玄な気配に女房は毎日通い慣れた仁王門が畏ろしく思えるのでした。 門前で一礼し、「七郷村霞目金子彌右エ門の女房。畏れながら薬師如来様の御前に祈願申し上げたく参内致します」と、挨拶をして門内に足を踏み入れました。仁王門に佇む阿吽の像の目がギロリと睨みながら通り過ぎる女房を見下ろしている様です。今まで感じたことも無い畏ろしさに竦み上がりながらも女房は必死の思いで見下ろす仁王様の間を通り抜け、ホッと胸を撫で下ろしながらフット目の前の霧を観ると、ムクムクと霧が凝り固まるように見たことも無いような巨大な二頭の牛が霧の中から立ち現われました。ノッソリと参道を両側から塞ぐように二頭は女房をにらみながら蹲りました。まるで二つの小山が出来たみたいです。とても避けて通るすき間も有りません。進も退くもならず、女房は途方に暮れて立ちすくむばかりです。どうしたら良いのかわかりません。 |
「どうして満願の大切な日に…」と泣きたく成りましたが、突然気がつきました。無死の知らせが教えてくれたのです。「これは薬師如来様が私の信心を試しているに違いない。私の願いがどれ程のものかをお試しになっているんだ」 勇を鼓舞して進路を塞ぐ小山の如き牛の背をよじ登り、滑り降りると、後ろを振り向くことも無く、逃げる様に御薬師様の元へと駆け込みました。 最後の祈願を終えて、恐る恐る今来た参道を振り返ると、いつの間にかあれだけ辺りを覆っていた霧がすっかり晴れていました。そして不思議なことについ今し方まで確かに参道を塞いでいた二頭の牛の姿がかき消えていました。そして参道の両側にはまるで牛が蹲った姿に観える石が二つ残っているだけでした。 こうして満願成って生まれた男の子はその後相撲の世界に身を投じ、横綱へと上り詰めたのです。横綱谷風(たにかぜ)梶之助(かじのすけ)は寛延3年8月8日宮城郡七郷村霞目の金子彌右エ門の第3子として生まれました。そしてこの石は『谷風の牛石」と呼ばれるように成ったのです。現在は仁王門を入って直ぐ右側にひっそりと蹲っています。いつの頃からか二つ有った石の一つは消えてしまい、今は一つの牛石しか見ることは出来ません。 |
| 仁王門の脇の霊石は草木に覆われ、通り過ぎる人にも忘れ去られたかのようにひっそりと、侘びし気に今も変わらぬ牛の姿を保って蹲っていました。 |
![]() 仁王門 |
![]() 牛石 |
